お薬を飲みたくない子供。飲ませたい親。
「くすりが苦手なんだ。とにかく苦手なんだ。甘いシロップ味と言われても苦手もなもんは苦手なんだ」
「食べられる透明な薄い紙あるだろ。あれに包んでも嫌なもんは嫌なんだ。あの紙だってほんのりイチゴ味って書いてるんだぜ」
「でもダメなんだ。口に入れた途端吐き出しそうになる。一体全体どうしたものか」
君はもう立派な大人じゃないか。とんでもなく違和感あることを言うね。薬だめなのかい?
「うちの娘がね」
・・・ああ、そう。
君じゃなくて良かったよ。付き合いも長いしね。ところで薬を飲ませるのにどんなことをしているんだい?
「基本は言い聞かせて説得さ。薬飲まないといつまで経っても良くならないよってな感じさ」
他には?
「・・応援かな。がんばれ、パパがついてるぞって側にいるようにしてるよ。だっこして不安を取り除くようにもする時もあるね」
「それでも駄々をこねるときは、たまにだけど怒るかな。
薬なんて飲まなきゃいけないものじゃないか、やんなきゃいけないことをいつまでも泣いて喚いてじゃ、さすがにしんどくもなるよ」
まあわからなくもないけどね。
私やりたいなと思わせる。サボりたがりの性。
そうだね。とはいえ聞いた感じじゃ、もう少し彼女の内発的動機ってやつを刺激してみるのもいいと思うけどね。なんというか「私やりたい!」って思わせるようなことさ。
君だって、やりたくないことの一つや二つあるだろ。
見通しの立たない仕事だとか、飲み会の幹事とか、山盛り2回転は必要な週末の洗濯とか、トイレ掃除とかさ。
やる必要があるって言われても、できるならやりたくない。そんなもんじゃないかい。モチベーションあがんないから、ギリギリまで先延ばしなんて幾らでもあるだろ。
「・・・」
人間なんて怠け者のサボりたがりなんだ。最少努力で済ませようと考えるから、別のことにも意識を向けることができて、生産的に取り組めるんだよ。
「やんなきゃならんことをいつまでも喚いてさ」と言ってるのもいいけど、人間なんてそんなもんだ、と認知を広げることも大事だと思うよ。
小さい子だから仕方ない、と言うつもりはないよ。大人だって例外じゃない。だって人間だものね。
なんだか、君の認識を変える事にばっかり話が逸れてしまったね。
まあ、大事なことではあるんだけど。
さて、サボりたがりの怠け者の彼女をどうにかしようじゃないか。
「・・いや、別にうちの娘はそう捨てたもんじゃないんだけどね」
はっきりさせて、魅力的にする。
薬を飲むのは朝晩食後の二回ってところかい?
「そうだね」
「はっきりしている」ことはいいことだ。いつを意識するだけで人はこの行為をやる可能性が高まるっていうしね。やんなきゃならんと覚悟も決まるし、腹も据わるってこと。
ところで、よくきくゼリーにする、とかジュースに混ぜるってのはやってないのかい。それ自体を「魅力的にする」ってのはいいことだぜ。他の魅力的なもんと抱き合わせにするってのも使える手だよ。
易しく、易しく、徹底的に易しく。
あとはだ、義務だとか、やって当然だとか言わず、なるべく「易しくはじめる」のはサボりたがりには効果的さ。
最初の一歩が憂鬱なもんだからね。お薬は用法と用量を守るもんだけど、粉薬だったら団子状にするとか、オブラート紙に包むことはできるからね。
ま、ほんとに全く飲まないんだったら、飲むことを習慣にする為にも、量を減らして飲ませるってのは考える。もちろんお医者さんに聞くけどね。
ジョギングの習慣作りに、まずは靴を履くことからはじめるってのを聞いたもんさ。走らないなんてびっくりだよね。まあ靴を履いたら意外と走り出せちゃうらしいけど。
誰だって満足したい。
あとは、嬉しいことが待っていて「満足できる」って思うってことかな。
人間は、目先の「短期報酬」に目が行きがちなんだ。長期的に見たら病気は早く治った方が絶対いいのにね。目に入らないもんにはなかなか想像力が働かないってことさ。
君も、お酒大好きだろ。あんまり体に良くないってわかっていても、なかなかやめられないだろ。
子供なら尚更だ。知識はないし、認知できる情報も少ない。想像力も働かない。目の前でわかりやすい満足感を与えることも大事さ。
必要性を語って腹落ちしてくれる子供だったら別なんだけどね。なんでも理解してくれる。そんな子いるかな?
だから、ご褒美ってやつはあってもいいんじゃないかな。インセンティブ(動機付け)ってやつさ。
飴ちゃんあげるとか、子供はシールもらえると喜ぶぜ。あと、飲めたら高い高いを10回とか。
ご褒美なくてもやんなきゃならんもんだろ、というほどに意思は強くはないもんさ。
アイデンティティを持つということ。
ま、ひとつ注意しなきゃならんのは、あくまで動機付けが目的だってことかな。
「君はもう立派にお薬を飲める子に成長した」そんなアイデンティティを持たせてあげることだよ。そこまでいったらご褒美がなくなっても大丈夫さ。
アイデンティティを持てなかったら、ご褒美がなくなった瞬間に、なんでご褒美なくなったの?やる気でなーい!ってなるからね。
ここまでやれば、少しは飲めるようになるんじゃないかな。
もちろん、どれかひとつでもやらないよりはマシさ。
易しく始めるのがコツだからね。
はじめの一歩がうまくいけば、出だしはバンザイさ。少しずつ飲めるようにもなるものだよ。
ま、がんばって付き合ってみたらいいんじゃない?
「ふーん。なるほどね」
「君は意外と子供のこと詳しいんだね。もっと早く相談してれば良かったよ」
そりゃ、そうさ。なんせ育休中だからね。