お薬飲めたのに褒められたり怒られる。
「はぁ。。お薬がんばって飲んだのに怒られたと嘆かれたよ」
ん、誰にだい?
「娘さ。どうやら前は飲めたことを褒められたのになんで今回は怒られたのか・・と合点がいかない様子さ」
君がお怒りだったのかい?
「妻がね、呆れ果てた様子でおかんむりさ。まあ僕も少々イライラしていたのは認めるけどね。」
そうかそうか、子供からみたら一見一貫性を感じないものな。子供にとってはもしかしたら理不尽と感じるものかもな。
どうせ、薬を飲みきるまでにた〜っぷり時間がかかったとか、そんなことだろ。
「いや、全くそのとおりさ」
子供にとっては一貫性を感じないだろうさ。褒められる、叱られるに一貫性なく見えるのだから。
見えないものに一貫性がある。
・・とはいっても、目に見えるものだけが判断の尺度になっているとは限らない。一貫性は別のところにあるということは少なくとも親は理解しておいてもいいかもしれないね。
「どういうことだい?」
君はさっきイライラしていたといっていたじゃないか。なんでイライラしていたんだろうね。
こんなこともできないのか、と苛立っていた?
自分の時間が奪われることに苛立っていた?
要領よく飲ませることができない自分に苛立っていた?
「そうだね、特に最初の二つかな」
まあそういうことさ。
「どういうこと?」
つまりさ。君はフォローに必要な意思力だったり、自分の時間を切り売りしなけりゃならないことにイライラしていたわけさ。
ここまでのフォローはしなきゃいけないだろうな
何分で薬は飲み終わるだろう
とか君の中の参照点、要するに想定や見込みを超えてきたってわけさ。
目に見えない「自分の時間」や「自分の意思力」を損失することが途方もなく嫌だったということかもしれないよ。
人は楽なのが好きで、損が嫌いな生き物さ。そう自分を卑下するもんでもないさ。
でもね。
「見えないものがトリガーになっているということ」
「子供にはチンプンカンプンだということ」
これは理解しておいても損はないと思うぜ。
見えないものが失われる実感。勤め先のあるある。
ま、僕だって人のことはいえないぜ。
会社で〆切のある提出物をみんなにお願いした時さ。
〆切を10日後にしたにも関わらず、〆切間近に提出してきた人に随分イラついたもんさ。
なぜか、初日、二日目に提出した人の評価は高く、ギリギリに出してきた人の評価は低くなる。提出した側からしたら理不尽さ。「ちゃんとやってるのにー」ってね。
要は心配の種が尽きないわけさ。
「自分の時間」が失われる、提出先の「誰かの時間」が失われる。そうして自分が怒られるってね。
まあ、同じ理由さ。わかっていなかったんだね。
見えない損失へ対策する。感情的にさせず信頼関係を作る。
そう考えると多少は対策の方法も見えてくるってもんさ。
要は、損失だと感じる参照点を修正してやればいいんだ。
子供のお薬は、10分ではなく30分かかるもんだ、とか
子供のサポートには思っているより根気強く取り組まなきゃいけないんだ、とか
僕の見込みは甘々だぞ、〆切は予め短くしてフォローしよう、とかね。
失敗を許さず、強引に口の中に薬を放り込んだり、周りに怒鳴り散らすなんてのは避けたいだろ?
認知には限界はあるからね。想定外のことはおこると考えて心にも時間にも余裕をもっておくべきさ。
そうして失敗の数だけ人は成長する。正しさなんてもんは口でいってもなかなか伝わらないしね。
そういえば、他人は変えられないってアドラーって人が言ってたぜ。だから自分を変えていくもんさ。まあ概ね同感だね。そっちの方がむしろ効率的な気がするよ。
一見合理性を欠くようなことをするのが人間さ。
「あなたの見込みが悪いから、イライラしてるんですよ!」っていったら火に油だし、そんなこと言ったところで「つべこべ言うな」と言われるのがオチさ。
だからさ。
損失を被る側になる時は、自分の見込みに自信は持ちすぎず余裕を持っておく。
損失を与える側になる時は、相手の時間や意思力を奪うかもしれないってことを頭に入れて行動する。
・・ってのがお互い感情的にならない方法さ。
なにより、評価も上がるし、信頼関係も築けると思うぜ。もちろん理解してもらえれば楽だけどね。
さて、できることはあるかな?
「そうだね、娘にはもう少し根気強く付き合うことにするよ」
うん、そうだね、それがいいんじゃないかな。